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ライトノベルをめぐる言説-「子どもの読書とライトノベル」を読んで-
日本子どもを守る会が編集する「子どものしあわせ」(草土文化)という雑誌があります。
雑誌の特徴は「父母と教師を結ぶ雑誌」「小学生をめぐる問題で親と教師が考えあう本」とのことです。

なんで急にこの雑誌のことを持ち出したのかといえば、この雑誌の687号(2008年5月)に「子どもの読書とライトノベル」という文章が掲載されていたためです。
こうした教育的な趣旨の雑誌にもライトノベルに関する話が出るようになったんだぁ~と思いつつ、どんな内容なのかと気になったので早速読んでみました。

で、大筋を説明すると…

①「ライトノベルとは何なのか」の説明
簡単な歴史、ライトノベルの特徴(イラスト・メディアミックス、児童文学との差異etc)に関する説明。

②子どもにとってライトノベルとは
活字離れ解消のきっかけを与え、子どもの「読書力」「想像力」「創造力」にとって積極的な役割を果たすのではという指摘を考慮しつつ、考えなければいけない課題もあると主張。

③おわりに
ライトノベルのプラス面、マイナス面をきちんと議論することが必要と主張。

一読した感想として、ライトノベルの長所短所を見極めつつ評価しようという姿勢はとても共感できます。
③で「「ライトノベル」=「悪」と切り捨てるのは短絡的な議論」とする筆者の主張はごもっとも。
しかし、②において述べられている、ライトノベルについて考えなければいけない課題については、いささか疑問を感じるところがありました。
以下にそれをまとめてみます。

そのⅠ・ライトノベルとメディアミックスの関係

メディアミックスによってマンガやアニメと近接な位置にライトノベルがあることを見逃してはならないとして、以下のように述べています。

「ライトノベルは商業的に成功するためにストーリーがステレオタイプ化している(型にはまっている)、あるいは話の展開が予想できることが少なくありません。そうしたストーリーを読んでいくことは、「行間を読む」あるいは「文章表現を味わう」といった能力を育成することに対して、どの程度積極的な役割を果たしているのでしょうか。そうした中で育まれる「想像力」・「創造力」とは、子どもたちの未来を切り開くことにつながるのでしょうか。むしろ大人の創造力によって商業的に作られている世界から抜け出せないのでは、という見方もできるように思います。」

ライトノベルも一つの商品ですから、売れることを考えて作られる側面は確かにあります。
しかし、そうした商業主義がストーリーのステレオタイプ化に繫がっているという主張には疑問を感じます。
ライトノベルの発行点数が増加している昨今、各レーベルはより多くの読者を獲得しつつ、他のレーベルとの差別化を図る必要に迫られています。
そのために、ストーリー構成やキャラクターなどはステレオタイプ化するといよりも多様化しているのが現状でしょう。
ゆえに、「ライトノベルは商業的→ストーリーがステレオタイプ」という考えはいささか乱暴かと。
まあ根本的な問題として…「ストーリーのステレオタイプ化」「話の展開が予想できる」といっても、どのレベルでそのような判断を下しているのか分かりませんが…。
「ヒーローが敵と戦って勝利する」「苦難を乗り越えて恋愛が成就する」とか、大筋で判断すれば、確かに当てはまるものは多いでしょうが…。

それから、「大人の創造力によって商業的に作られている世界から抜け出せない」という下りはちょっとよく分かりません。
ここで言う「大人」は作家とか編集とかの作り手だと思いますが、これはライトノベルに関わらず、あらゆる出版物に言えませんか?
ならば、本屋で売られた本を読んでたら「大人の創造力によって商業的に作られている世界から抜け出せない」ということになるのではと…。

そのⅡ・文学作品からの乖離

ライトノベルを文学作品への橋渡しと期待することに対して次のような疑問を述べています。

「ライトノベルの多くはメディアミックスとのつながりが強いため、ライトノベルと親和的なアニメやゲームに強く興味関心が向かい「オタク化」していくことで、かえって文学作品から離れてしまうこともあるのではないかと思える」

ライトノベルとそれを基点としたメディアミックスに触れることが原因で文学作品から離れるというのは…遠まわしに「ライトノベル読んでたらダメよ」って言ってる気がするんですが…深読みしすぎでしょうか。
また、「オタク化」することが非常にネガティブな意味付けをされているのも気になります。
これでは、「オタク化」は子どもと文学作品の関係を邪魔する障害、と受け取れる書き方では?
しかも、上の文章を最後に②の段が終わっているのはちょっと…ライトノベルのネガティブイメージだけが強調されて終わってしまう印象を受けます。

この部分で抜けているは、「じゃあ具体的にライトノベルをどうやって受容すればいいのか」という指摘です(ちなみに③のまとめにも具体的な事は書いてありません)。
ライトノベルのマイナス面(課題)を主張しただけで終わらず、ライトノベルを受容する側へのアドバイスを一言でも入れてくれれば良かったと思います。
例えば、ライトノベルだけ読んでいては文学作品になかなか触れられないと言うのなら、子どもの父母や教師が「ライトノベル以外の文学作品も読んでみようよ!と働きかけましょう」といったアドバイスを付け足せばよかったのでは?
「父母と教師を結ぶ雑誌」「小学生をめぐる問題で親と教師が考えあう本」なら、こうした具体的なプロセスを入れてこそ何ぼのものではないでしょうかwww

あとは、まあ、「ライトノベル」と「文学」を分離させている根拠は何か?とか、筆者の捉える「文学」とは何か?とか、「想像力」・「創造力」とは具体的に何を言うのか?…などなど疑問はありますが、長くなりそうなのでこの辺でwww


以上、長々と私見を書いてきました。
後半は批判的な事も書いていますが、ライトノベルについてきちんと議論しよう、という筆者の主張には大賛成です。
また、繰り返しになりますが、こうした動きが教育的な場でされ始めたのも注目すべきことでしょう。
今後、どのような議論がなされていくのか気になるところです。

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